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第37話 剣を取れ、後悔よ我を好きにせよ(前半)

last update Last Updated: 2025-10-30 06:07:06

 思考を研ぎ澄ませる、静寂。

 閉館後のアカデミー附属図書館。この片隅に与えられた、私だけの書斎。

 王太子という重責から解放される、数少ない居場所。

 父上や臣下たちの、期待も失望も、ここには届かない。いつもならば、心安らかながら研究に没頭できるはずが……。

「クッ。どの文献にも、該当するものがない」

 安息は未だに訪れない。

 机に広げられているのは、資料の山。

 あの忌々しい『化けウサギ事件』で使われた術式のスケッチ。そこから関係しうる呪印の膨大な文献。

 だが、古い資料からでは、類似点がまるで見いだせない。

「事件の真相を、この手で暴き出す……そう部下に吠えたではないかっ!」

 父上は「忘れろ」とおしゃった。

 すべて調査委員会に任せろ、と。そも、こんなものは王太子の仕事ではないのだと。

(そうだ、落ち着け。父上が仰る通りだ。為政者たる者、思考すべきは事件の『真実』ではないっ! 王国にとっての『有益な物語』。この騒動をいかにして王家の威信高揚へと繋げるか……それこそが私の仕事だ)

 上に立つ者の責務とは、必要な仕事を、必要な人間に割り振ること。

 このように、コソコソ動いてしまえば、『殿下は、誰にも任せられないと、我らをお疑いになっている』と不和を持ち込みかねない。

「だがっ、どうすればいいっ! 何をすれば、この焦燥感は止むのだ!」

 吐き捨て。苛立ち紛れに、髪をかきむしる。真実が闇に葬られて欲しくないっ、この手で掴みとりたいっ!

 焦りが、思考を鈍らせる。分かってはいる。だが、どうしようもなく、心が急くのだ。

 あの事件以来、ずっとそうだ。あの女のことを考えると、どうしようもなく、ペースが乱される。

 ――ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイ。

 苦々しくも無視できない、私の最大の汚点。

(あの女は……一体、何者なんだ。否、『何』なのだ?)

 理解不能だ。

 社交界
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